「ほんとうの空」

この写真、昨年育て始めた、一粒の蓮の種が成長してこんなに大きく元気いっぱいの蓮葉になりました。空を見上げているチワワのイリゼの背より大きくなりました(笑)。

そういえば遠い昔、私が中学生だった頃、国語の授業は大好きでした。その授業の思い出は、国語の先生の記憶と共に、時折たくさん思い出されます。

その一つ、「智恵子抄」。

「レモン哀歌」

そんなにもあなたはレモンを待っていた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとった一つのレモンをあなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数的の天のものなるレモンの汁は

ぱっとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

私の手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが

かういふ命の瀬戸ぎはに

智恵子はもとの智恵子となり

障害の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時

昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まった

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置こう

当時、中学生だった私は、この「レモン哀歌」に困惑しました。命の終わりが近づく悲しみ中にも、光太郎の智恵子への愛の純真さと、レモンの香りをトパアズと表現する、その世界に憧れのような思いを抱いて。

なにか、自分には見えない世界が見えているのだろう、その世界はどんなだろうと。たくさん想像しては、結局「わからない」大人の世界でした。

でも、自分が大人になっても、結局すぐにはわからないことでした。いわゆる冠婚葬祭みたいなものもいくつか経験し、父の死、子どもの誕生、成長、育てることの喜びや困難、世間の荒波、愛するペットたちの「最後の息」を見送り、それから子どもの旅立ち、今は老いていくアルツハイマーの母の介護・・・人並に色々経験して、やっと見えてくるものもありました。

でも、実は違いました。すべては、「見るもの」ではなく、「感じるもの」なのですね。

「あどけない話」

智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとうの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切っても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山の山の上に

毎日出ている青い空が

智恵子のほんとの空だと言ふ。

あどけない空の話しである。

あなたにとって、「ほんとうの空」って何でしょう?

このチワワのイリゼは、私が里親探しのボランティアをしていた施設から5歳の時に引き取ってきました。その時既に乳がんもあり、片目は白濁して見えない状態でした。それから3年、今はもう一方の眼もほどんど見えません。それでも毎日ベランダに出て、こうして空を見上げています。

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